兄弟への義援金支給に対する疑問

岩手県は東日本大震災の義援金支給の対象として、死者・行方不明者と生計を同一にしていた兄弟を含めるということを決定した。さらには生計の同一を問わず兄弟の他、甥姪、叔父叔母まで拡大することを検討しているという。岩手県の方針には、死者・行方不明者が残したかもしれない財産についての視点が欠落していないだろうか。

■義援金支給に相応しいのは財産を残さなかった死者の埋葬費用
もし死者が宅地や預貯金などの形で財産を残した上で、法定相続人の順位が兄弟や甥姪に回ってきたなら経済的には困らない。(但し債務の判定が煩わしいが)

兄弟が経済的に困窮している状態なら、災害による兄弟何れかの死亡が「親族の口減らし」に繋がり生活が楽になる結果となるかもしれない。また死者と生き残った者の仲がもともと著しく悪かったなら、死を悼むとも限らない。

死者の葬儀を挙げたり始末を付けるのにお金が必要なら、代わりに「相続放棄」の意思を表明することを法定相続人に対し要求すべきだ。相続放棄するなら、死者が残した債務あるいは債権債務を確定する煩わしさからも解放される。

なお行方不明者は死亡と看做しても埋葬不能だし、(形式ばかりの)葬儀の費用の捻出が惜しいと考えるなら、そんな儀式はやらなければ済むだけではないか。

■義援金は余力のある世帯への補填に使われるべきではない
東日本大震災で集まった義援金は総額2500億円にも上る。しかしこれほどの額でも幼い子供を残して働き手を失った多くの被災世帯の所得を補償するには足りないだろう。また震災で全壊した住宅は11万戸以上に達し、義援金全てを投じても元どおりの数の再建は不可能である。震災の被害が余りにも大規模ゆえ巨額に膨れ上がった義援金でさえ「ゆとり」は無いのだ。

義援金給付に当たっては「死者・行方不明者の親族」「住宅の全壊・半壊」という条件だけでなく、世帯の資産や「残された幼い子供の数」を勘案すべきである。決して給付希望者主観の「生活が苦しい」とか「死者の始末に苦労している」ではいけないだろう。

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