レタスが1個1200円なら自給自足すべきか

レタスが1個1200円となってしまって、一般の市民はまともな野菜は食べられない状態
とアフリカへ主張中の参議院議員高橋千秋氏がアンゴラの首都ルアンダの状況をブログで伝えている。
(参議院議員高橋千秋のコツコツ日記 http://www.chiaki.gr.jp/blog.php?no=1611

そしてアンゴラは埋蔵している石油のため比較的裕福に国づくりが出来ると指摘した上で、
石油は金にはなるけど飲めないから、直接自分たちが食べられるものを作るというのは国の基本です。
とも述べている。

しかし食料を全国民分が必要とするに十分な量を国内生産しても、貧富に著しい格差があって貧困層の持つ現金が乏しければ、生産業者は海外に輸出してしまうのではないだろうか。政府が禁輸したところで農家は現金に換えられる分だけしか出荷しないはずだ。

全国民の空腹を満たすのに必要なのは、富の生産と全員への富の分配である。富は必ずしも農産物を意味しない。他人と交換できる価値のある物なら何でもいいのだ。

アンゴラは広大な国土や未だ少ない人口密度そして豊かな労働力など農業に適した条件を持っているかもしれない。だから食料が不足しているなら生産するという選択も十分検討に値するだろう。

他方、現在の日本の置かれた条件はアンゴラとはまったく逆とも言える。狭い国土に人口が密集している。1億人分の耕地を確保するのが極めて困難だ。今後日本で増えていくのは75歳以上の後期高齢者であり、総人口のうち労働者の割合は減少の一途を進む。

日本が取るべき道は貿易や海外投資を通じて外貨を稼ぎ、代わりに比較的付加価値の低い(つまり貿易障壁を除くと国内生産が成り立たない)商品を輸入するのが得策ではないだろうか。
例えば、穀物なら自給するよりも輸入と備蓄で凌ぐべきであると思う。

それはまた日本だけの利益に留まらず、世界中の農産物輸出が可能な国にも喜ばれる方法でもあるのだ。

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